暇のパラメータ

暇なので書いてます。

記憶の紐付き

先日、豆腐を売りにした会席料理屋さんに行った。

私の家から車で10分ほどの距離なのだが、高速道路に通じる交通量の多い交差点に位置している。そのため近隣住民はその交差点の正式名称を誰も使わず、豆腐屋の交差点と称している。そんな店である。例に漏れず、私もただの目印と認識していたが、その日は何かいいものを食べたい気分だったため、あの豆腐屋に行ってみようと思い立った。

が、調べてみると想像より価格帯が高くびっくりしてしまった。一人で6,000円とかする。豆腐でこの値段というのは自分の感覚からすると中々高い。寿司とか焼肉ならまだしも。豆腐ですからねえ。しかし結局こういうタイミングが無ければ二度と行くことはないと思い、きっちり空腹に仕上げて万全の状態で向かうことにした。

 

門をくぐると日本庭園が提灯で照らされている。石畳の階段を降りると一本の川がせせらいでおり、そこを赤い橋で渡って入口に到着する。贅沢な空間演出だ。

店内に入ると仲居さんが席へ案内してくれる。窓から見える庭園は水車と池。机の上には和紙に書かれたお品書き。

私はこの店は政治家が悪いことを企む場所だと妄想した。貧弱な想像力である。

 

そして出てきた料理は期待通り。胡麻豆腐から始まり、油揚げの田楽などの豆腐料理に加え、お作りや揚げ物、小鉢の酢の物に至るまで隙なく良い味だった。正直子供の頃なら喜んで食べるものなど一つもなかったが、こういったご飯が美味しく感じるとは大人になったのだなとしみじみ思う。

そんなこと感じながら食べ進めていると、急に満腹感が襲ってきた。名物の作り立て豆腐がまだ出てきていないのに。馬鹿っぽく思われそうで嫌だが、コース料理はメインを序盤に出して欲しいと常々思う。軽めの料理でアップしている余裕など、私の胃袋にはないのだ。

かといって出されたものを残すこともしたくないので、次々来る料理を食べ進め、満腹度90%を超えたあたりでようやく豆腐がやってきた。豆乳スープに浸った温かい豆腐は、いかにも私の好きそうなものだ。しかしそれを見ても、今の私は五右衛門で必ず出てくるスープに入っている、どうやってあんなに小さい賽の目に切っているかわからないあれのサイズで来てほしかった、と思うだけである。確かに美味かったが、もう味わえる時期はとうに過ぎてしまったため、誠に不本意ながら何とか豆腐を押し込むような形で完食。

私の満腹感は限界を迎えていたが、そこでようやくごはん・味噌汁・香の物である。それに合わせて完全に裏ボス的な佇まいで鶏の照り焼きも出てきた。こいつらこそ最初から出しておいてくれないのか。完全にキャパオーバーである。豆腐が。豆腐が腹をみっちりと埋めている。

半分意識を失いそうになりながらも、自身の限界を超えて食べきる。そして惰性でデザートまで。終盤は完全にフードファイトの様相を呈していた。

 

まさか豆腐屋でここまで満腹になるとは。豆腐・・・満腹・・・

 

 

 

帰りの車内、私の脳内はある映像で埋め尽くされていた。

それは2001年~2002年の間TBSで放送されていた大食い番組「フードバトルクラブ」の本戦1回戦「HANG OVER」の一幕だ。

 

私はテレビ東京で放送されていた、TVチャンピオンを毎週録画して視聴する家庭で育った。そのTVチャンピオンの中でも看板企画として人気を博したのが「大喰い王決定戦」である。そしてその人気はぐんぐんと拡がり、大食い番組ブームが到来する。当然、私の家も大食い番組は欠かさず見ていた。そして私と父は無茶苦茶ハマった。最終的には有力選手の情報を網羅し、この選手は米には強いが肉には弱いだの、この選手はスピード逃げ切りタイプだから60分戦だと不利だのと語り合うほどに。

そんな中現れたのがフードバトルクラブである。

フードバトルクラブは従来の大食い番組とは異なり、ただ出されるものをたくさん食べるのではなく、SASUKEを彷彿とさせるようなショーアップされたセットの中で、ステージごとの特殊ルールで戦う方式であった。

TVチャンピオンの大食い選手権はあくまで参加者は「スーパー一般人」であったが、フードバトルクラブは完全に「大食い選手」という風に扱っていた。日々の過酷な鍛錬で、胃力・咀嚼力・嚥下力を鍛え上げ、常人離れした大食い・早食いに挑む姿はこれも一種のアスリートであると描かれていた。

 

本戦1回戦「HANG OVER」はオークション形式のステージである。テーマとなる食材と制限時間が提示され、選手たちは食べきれると踏んだ数量をコールしていく。そして最も多い数量をコールした選手が落札。そのままステージに向かいチャレンジする。このルールはこれまでの大食い番組にはない駆け引きの要素が面白く、自分の限界ギリギリ、もしくは限界を少し超えた数量に挑むことになるため、数々の名シーンを生んでいる。

そして「豆腐・10分」という競技に対し、「20丁」という数字で落札したのが食のストリートファイター・小国選手であった。冷静に考えたら絶対に無茶な数だと思うが、当時テレビで見ていた私の感覚からしたら、豆腐20丁というのは全然いけそうに感じる数だった。なぜならその前に「餃子30分で293個」とか「カレー6分で13杯」といったとんでもない記録を見せられていただからである。やばすぎる。

しかし結果、小国選手は9丁という記録に終わってしまう。最後には完全に箸が止まってしまっていた。そう。豆腐とは大食い食材としては実は非常に難しかったのである。

確かこの挑戦自体が敗退者のハイライト的にあっさり扱われていたのだが、幼き日の私の脳には「豆腐って意外と食えないんだな」という感想とともに、しっかり記録されていた。

 

そして20年後の今、「豆腐」「満腹」という二つの言葉に紐付けられたこの映像が、私の脳味噌から鮮明に引っ張りだされてきた。

 

一度そうなってしまうとお終いである。フードバトルクラブの思い出は芋づる式に溢れ出してくる。

・マイケル高橋が骨折した右手を解禁し、制限時間ギリギリで餃子を押し込む。

冷やし中華の食べ過ぎでサイボーグ立石の体の震えが止まらなくなる。

ドクター射手矢が早飲みで衝撃の予選敗退。

・そばアレルギーの山本選手に対して、皇帝岸が容赦なくそばで勝負を挑む。

アメリカ招待選手のかませ犬っぷり。

・伝説の小林尊のステーキ手づかみ食い。

小林尊への明らかすぎる贔屓。

・しかしそれを物ともしないジャイアント白田の強さ。結局持って生まれたデカさが強さという事実。

・ちなみに小国選手は次の大会で「いちご5分で146個」という挑戦を見事クリア。

 

私は20年前のテレビ番組のことを昨日のことのように、嬉々として振り返った。豆腐懐石の味など、もう記憶の片隅に追いやられてしまった。

 

もはや私は豆腐屋の交差点を通るたびに、フードバトルクラブのことを語らずにはいられない。記憶の紐付きはそのたびに強固になっていく。

 

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