暇のパラメータ

暇なので書いてます。

ケバブ屋さんを見ると思い出す

ケバブとは何だか気になる存在である。

回転する肉塊のエンタメ性だろうか。外国の食べ物感満載であるにも関わらず、絶妙に万人受けする味だからだろうか。個人的にはケバブという言葉自体にも妙な魅力がある気がする。ケバブ。声に出したくなるこの濁音の感じ。ケバブピタパンとか言う半濁音の発声練習みたいなものに具材を挟む。そして出来上がるのがケバブ。あんなに可愛らしかったピタパンが突如ケバブという雄々しい言葉になられて。

 

理由はともあれ、私は街でケバブ屋さんを見かけると何だか気を引かれてしまう。そしてその度に、昔見たある光景を思い出す。

 

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ある時から、地元の駅前ロータリーにケバブ屋さんが来るようになった。

栄えていない地下鉄駅である。ファーストフード店も何もないロータリーにキッチンカーがあるので目立ってはいたと思う。しかし、いかんせん人通りが少ないのでいつも閑古鳥だった。 本来は陽気な(偏見)ケバブ屋さんの店主も曇った顔で、いつも所在なげにしていた。

 

ある日。私は大学の部活帰りで22時過ぎに駅に着いた。まだこの時間にもケバブ屋さんはいる。相変わらずの所在なげな顔が、回転肉を熱するヒーターの灯りで照らされている。辺りには人の気配もほぼ無く、モーター音まで聞こえるほどの静けさだ。哀愁がたまらなすぎる。

何故だがその光景に惹きつけられ、私はしばらくの間、遠巻きからケバブ屋さんを眺めてしまった。

ケバブ屋さんは私の視線には気づかない。そして暇のあまり、手持無沙汰かつ口寂しい状態に突入したのだろう。下に溜まった回転肉の削りかすをつまみ食いしだした。ちびっと食べ、少しぼうっとして、またちびっと食べる。虚ろに空中を見つめながら、つまみ食いが絶えることなく続いていく。つまみ食いのリズムは一定のようで一定という訳ではなく、その微妙な不規則性にも何故だか心地よさを感じた。

 

暗がりにジリジリと浮かび上がるその映像は、まるで焚き火のようだった。ただ穏やかな時間がそこにあった。これが1/fの揺らぎというものか。

 

体感で5分以上はその映像を眺めていた気がする。そうして、私がただ揺らめく時間に体をゆだねていると、おもむろにケバブ屋さんが車の外に出てきたのでハッとした。店じまいの時間だ。

私は急いで駆け寄った。素敵なものを見せていただいた礼に、ここはケバブを買わなければならない。帰りがけにラーメンを食べてきたところだが、それは関係ない。

 

慌ててケバブを一つ注文すると、店主は本来の陽気な姿(偏見)を取り戻し、得意気に回転肉を切り落としてくれた。小気味良い手つきでピタパンにキャベツを挟み、肉をこれでもかと乗せてくれる。そして仕上げにオーロラソース。私はお代と引き換えに完成したケバブを受け取った。見るからに美味しいことの分かるケバブだが、もはや私は先ほどの光景にお金を払ったようなものなので、お土産にこんな素敵なものまでいただいて申し訳ないという気持ちにさえなってしまった。

歩きながら食べるとこぼしてしまいそうなので、まずは店の前で一口かぶりつこうとしたとき、店主の視線を感じた。なので私は少し意地悪をして肉の削りカスを少しつまんで食べて見せた。

 

店主は陽気な笑顔を浮かべながら、まさか見てたのかい?と目で訴えてきた。

 

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ある日。私は渋谷にいた。もう何の用で行ったのかは忘れてしまった。5年以上前の話だ。

ふらふらと歩いているとケバブ屋さんのキッチンカーが目に入った。なかなか盛況なようで、行列という訳ではないが、常に人が2~3人並んでいる状況であった。店としては最高の回転状況だろう。私はお腹が空いている訳ではないが、吸い寄せられるようにケバブ屋さんに近づいていった。そして驚きの光景を見てしまった。

 

そこにはガリガリに痩せ細った回転肉があった。それはもうガリガリであった。何なら肉が刺さっていた銀色の棒が、角度によっては見えてしまっている。

そして今並んでいるお客さんの分で、もう削ろうにも削れないところまで来てしまい店じまいとなった。

店員さんは看板をしまい、清掃に取り掛かろうというところで、少し離れた距離でじっと見つめる私の視線に気が付いた。すみません売り切れなんです、と店員さんは目で訴えかけてきた。私はぼうっと肉のカスがこびりついただけの銀色の棒を眺めていた。そして店員さんの訴えに遅れて反応し、軽く会釈をしてその場を離れた。

 

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私はケバブ屋さんを見るたびに、上記2つの場面を思い出すのだが、いつも銀色の棒の映像のほうが濃く浮かびあがってしまって困っている。どちらかというと先の1/fの揺らぎの方がエモくて好きなのだが。