「究極の豚汁に行き着いた」
先日、飲み会で森本と久々に遭遇した。相も変わらずスッとした顔を崩さない男前だったが、飲み会も終盤に差しかかった頃、唐突に森本は言い放った。
何やら、人生で最も美味しい豚汁が出来たらしい。
というかこの人は、まだ豚汁生活を続けていたのか。前に電車で豚汁の話をしたのは、半年以上前になる。
全く、最初は効率やコスパ至上主義だったはずが、今や美食を追求するようになってしまっている。あと、何かにつけて究極究極うるさいが、山岡史郎にでも取り憑かれたのだろうか。
対抗して至高の豚汁を語る海原雄山は現れなかったが、森本があまりにも豪語するため、2次会は森本の家で行い、究極の豚汁を皆で食べてみようということになった。
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まず、家に入って目に付くのが、業務用と家庭用の中間くらいのサイズの鍋だった。
若干偏見めいた表現になるが、料理にはまる独身男性は、得てして調理器具にこだわる。
「大量に作るのが前提だから、合羽橋で寸胴を買ったんだ。これなら大量に作っても、ちゃんと汁っけも残せるぜ」
得意気に語る森本。豚汁に汁があるのは当たり前だろうが、と思ったが口にはしなかった。
早速豚汁作りに取りかかる森本。その様子を皆が缶ビール片手に眺める。
道中のスーパーで買ってきた食材を次々に切っていく。豚汁をひたすら作り続けているだけある。さすがに手際がいい。
小気味良いリズムに乗せて、逐一野菜の切り方の意図などを説明する。火が通りにくい野菜はうんぬんなどなど。「はぇー」という感嘆の声だけは出しておく。
続いて肉を冷蔵庫から取り出した。
「色んな肉を試したけど、結局美味い肉使った方が美味くなるから。ホントは肉屋で買いたいけど、今日はスーパーの黒豚を使います」
若干偏見めいた表現になるが、料理にはまる独身男性は、得てして食材が高級思考である。
それ以降も森本の調理と語りは進捗していくのだが、私はその時点で結構酔っぱらっていたので、あとは覚えているコツだけ書き出す。
「ポイントはラードで味噌を炒めること」
「にんにくと生姜の香りはしっかり油に移すことが大事」
「カレー風味にならない程度に微量のカレー粉を入れる」
若干偏見めいた表現になるが、料理にはまる独身男性は、得てして無駄に調理工程に凝る。あとスパイスとかにもこだわる。森本も何やら変な小ビンからカレー粉を出していた。
そして皆がマリオカートに夢中になる頃、豚汁が完成。
食器が足りないため、丼なども駆使しなければならなかった。列に並び次々に豚汁をよそってもらう。さながら炊き出しような光景。
いただきます。
......めちゃくちゃ美味しい。
これまでの豚汁とは比べ物にならないほどコクがある。さらにラードで味噌を炒めたからか、普段の豚汁では感じられない香ばしさも加わっていた。
にんにく、生姜の風味も旨味を下支えしているし、わずかに感じるスパイシーさが食欲をそそる。これがカレー粉の力なのだろう。
何より、しこたま酒を飲んだあとの豚汁は体に染み渡る。
一緒に行った同僚たちは美味い美味いと飲み干し、おかわりに行く者もいた。
あの森本のスッとした顔も、わずかにほころび満足気である。
そして私は丼を置いた。
究極かどうかはわからないが、この豚汁はとんでもなく美味い。圧倒的なコク、旨み、香り。もう家庭料理の域をはみ出そうとしている。というか豚汁離れしている。
だが……
しかし……
ごめんなさい……
これは……
……もはや味噌ラーメンのスープになっていた。
申し訳ないが、私はスープを残した。