暇のパラメータ

暇なので書いてます。

手帳と落書き

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今週のお題はてな手帳出し

 

手帳はもっぱら東レが作ったビジネス手帳を使用している。私の職場が東レとのつながりが強いので、毎年贈ってもらえており、社内でも非常に愛好者が多い。事務所に届いた直後に貰いに行かないとすぐに無くなってしまうほどだ。シンプルながらスエード素材の表紙が高級感があって、非常に素敵だなと思いながら私も使っている。

 

と、こんな上等な手帳を貰っておきながら、私は非常にずぼらでスケジュール管理を放棄した人間であるため、この手帳にスケジュールを書き込んだことは一切ない。完全にただのメモ帳として使用しており、何ならカレンダーの部分にも容赦なくメモを書き込んでいる。もっと言えば仕事上のメモが記入されているのは半分くらいで、残りの半分は電話中の落書きで埋め尽くされてしまっている。なんだか申し訳ない。

 

電話中の落書きといえば、ただ渦巻や丸やら三角やらの図形を繰り返す人や、書いた文字を太字にしたり派手にしたりと遊ぶ人、純粋に得意なイラストを描く人など様々な流派があるだろう。ちなみに私の場合は「うんちのイラスト」か「自分のサイン」の2パターンである。うんちについてはシンプルにどれだけ綺麗な巻きグソを描けるかに日々取り組んでいる。意外と形のバランスを取るのが難しく、続けていると「一つとして同じうんちは無い」という崇高な心持を獲得するにまで至る。

もう一方のサインについては、私が常々思っていることがある。お店屋さんなどで芸能人のサインが飾られていたとき、そのサインが誰のものか全く分からないほど崩されているのを見ると残念な気持ちになるのだ。もちろん忙しい芸能人にとって、サインを書くという作業はかなりの負担になるため、可能な限りスピーディーに書けるように進化していった結果だとは理解できる。しかし読み手側からすれば、誰のものかその場で分かるほうがやっぱり嬉しい。面倒くさい理想を言えば、見てそのまま過ぎても面白みに欠くので、ちょっと考えてから、あーあの人だ!となるぐらいの塩梅が好ましい。という訳でその絶妙なバランスを追求すべく、使う予定などないサインを練習している。

 

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ある日、外注先との打ち合わせにて、手帳を出した瞬間に違和感を感じた。手帳は使っていくことで、表紙のへたり具合やページの開き加減など、本人の癖が染み付いていくものだ。それがどこか違う気がした。ちらりと中身を確認してみると案の定。カレンダー欄に私が書くはずのない何らかの予定が書きこまれていた。絶対に別人の手帳である。この手帳が誰のものか判断するために、もう少し中身を確認したいところではあったが、さすがに人様の手帳は高度にセンシティブな情報であるためそれ以上は覗き見ることはしなかった。

もはや打ち合わせなどそっちのけで、私はこの手帳がどこで取り違われたのかを思案した。そしてハッと気が付く。午前中の会議だ。そこで隣に座っていた上司がそういえば全く同じ色の東レ手帳を使っていた。その際にお互いの手帳が入れ替わってしまったのだ。

最悪である。あんなうんちまみれの手帳を上司に見られたら、仕事に集中していない確固たる証拠を掴まれてしまう。これは直ちに何とかしなければならない。一切のメモも取らないまま、打ち合わせを早々に切り上げ、急ぎ事務所に戻る。すると幸運なことに上司は席を外しており、しかもデスクの上に手帳が置いたままになっていた。助かった。そう心の中で呟き、そのまま平静を装いながら上司のデスクのもとに向かい、自然な手つきで手帳を取り替えた。

自分のデスクに戻り、うんちを確認。間違いなく自分の手帳である。良かった。緊張から解放された私はさながら大仕事を終えたような謎の満足感に浸りながら、同じ手帳を使っている人がいるというのも考え物だなと反省した。そして次はちゃんとしたメモ帳を買おうと心に決めた。何故だかうんちの落書きをやめようという方向には発想が至らなかった。

 

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数日後。同僚からの仕事の電話を受けながら、その日もうんちとサインに勤しんでいた。正直めちゃめちゃ忙しい日だったのだが、そういう時に限って落書きは勢いを増してしまう。この落書きもきっと、ストレスが何らかの形で発現される類のものなのだろう。

電話を切って手帳を閉じるその瞬間、不意にあることに気が付く。あれっ。手帳を取り違えた日、会議の後にこの同僚と電話で話してなかったっけ。・・・まさか。背骨の湾曲に沿って一筋の汗が流れていく。やばい。その日の映像が一瞬にして浮かび上がる。間違いない。自分の手帳ではないと気が付く前に、あの日も落書きをしていた。

最悪である。上司の手帳にうんちを書いてしまった。しかもご丁寧に横には私のサインまで。もし見つかったら一発で犯人がばれてしまう。これは直ちに何とかしなければならない。上司のデスクの様子をちらりと伺うと、またしても上司は手帳を置いたまま席を外していた。平静を装いながらデスクに近づき、手帳を回収。そして落書きのページを丁寧に切り取って、元の位置に戻した。

恐らく上司はメモ帳欄をあまり使用していないので、この数日間も気が付いていないはず。そして破られた痕跡も根元から丁寧に切り取っているので分からないだろう。私はさながら完全犯罪を成し遂げたような謎の興奮に酔いしれながら、やはり同じ手帳を使っている人がいるというのも考え物だなと反省した。

そしてサインは今後、誰のものか分からないほど崩して書こうと決めた。